こんにちわ、
よしおです。

嵯峨・嵐山は、平安貴族にとって都を遠く離れた別荘地として親しまれてきました。

嵐山と名付けられたのも、

「桜や紅葉があらしのようにまう」

と詠まれたことからだそうです。

京福嵐山線嵐山駅から、お土産物店などが立ち並ぶ通りを進むと渡月橋です。

今から1,200年以上も前に平安貴族たちが川に舟をうかべ風雅を楽しんだ場所です。

渡月橋から北上すると、美しい庭園で知られる天龍寺があります。
時代劇にも時々登場する名園です。

今年の紅葉シーズンは、新型コロナ禍により思うように訪れることが出来ません。

京都フリー写真素材で、嵯峨・嵐山の名所を辿ってみたいと思います。

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渡月橋の紅葉

渡月橋のすぐそばのポッコリした嵐山が朝日に染まり真っ赤に燃えます。

天龍寺の紅葉


天龍寺は、1339年(暦応2年、後醍醐天皇の霊をなぐさめるため足利尊氏が、亀山離宮を臨済宗の寺にあらためてものです。

その目的は、敵味方関係なく、南北両朝の戦死者を供養するというものでした。
そのため天皇が幼少のころがくもんをならった地に寺を作ったのです。

尊氏は、天龍寺を作る資金として、室町幕府公認の天龍寺船と言われる貿易船を元(現在の中国)に派遣したりしました。

創建から約650年の間に8度も大火に見舞われ、現在では、当時の建築をほとんど見ることはできません。

名園として知られる曹源池という美しい池が広がる庭園があります。
この名園は、作庭で有名な夢窓国師が作ったのされています。

山裾から滝の流れる石滝組や、三尊をかたどった岩などが配置されています。

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仁和寺の紅葉


仁和寺は、世界遺産にも登録されている寺院です。

平安時代の光孝天皇が建立を開始し、888年(仁和4年)、宇多天皇が完成させました。
宇多天皇は、退位後に出家して仁和寺の住職(門跡)になりました。

それ以降、明治維新までは、歴代の天皇が門跡になるなど皇室との深い関係が続きました。

仁和寺は、桜の名所として知られ、その印象が強いですが、紅葉の季節もすばらしいです。

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祇王寺の紅葉

祇王寺は、祇王と祇女という姉妹が眠る寺です。

祇王は、白拍子という舞の達人で、「平家物語」で知られる平清盛に可愛がられていました。

のちに出家してこのお寺で生涯を閉じています。

境内には、姉妹とその母の墓があります。
仏間には、鎌倉時代に作られた水晶の目をもつ姉妹の像があります。

 

写真提供:京都フリー写真素材

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